がんばるのって、いけないこと?

みんなで「がんばりすぎ」ということについておしゃべりしているとき、こんな質問が出ることがよくあります。


「がんばりすぎ」と「がんばりすぎてないがんばり」の境目がわからないんですけど



わたしとしては、「がんばりすぎてないがんばりも、(摂食障害の人には)必要ない」と思っているので、そうお伝えします。
そうすると、


でも、がんばらなかったらダメ人間になっちゃうじゃないですか!



って言われてしまいます。

確かに、何もしないでダラダラ寝転んでいたら、何もなすことが出来ないまま死んでしまうかもしれません…!
そんな人生じゃ、ちょっとつまらないですよね。
かといって、摂食障害を抱えたまま「がんばる」ことは、わたしは回復とは真逆に走ることのようにも感じています。

さて、この矛盾をどう説明したらいいのか…考えてみました!


がんばることは美しい?

「頑張る」姿が美しいと考えるのは、日本独特の、しかも昭和時代にもてはやされた美徳ですよね。

でも、時代は少しずつ変化し、今では「スポ根的な頑張り」は、むしろ敬遠されるようになりました。
最近では、お正月の箱根駅伝で昨年に引き続き今年も圧倒的な強さを見せた青山学院大学、原監督の「ワクワク大作戦」「ハッピー大作戦」と名付けられた指導方法も、とても話題になっています。

これまでのようなスパルタ方式でひたすら「頑張る」方法では限界があるのだということが、少しずつ結果にも現れる時代になってきているんですね☆



とはいえ、もちろん青山学院大学の選手のみなさんが、がんばっていないわけではありませんし、がんばるからこそ得られること、達成できることはたくさんあります。
短い人生、ただなんとなく生きているだけでは本当にもったいないですよね。

それでも上にも書いたように、わたしは、摂食障害を抱えたまま「がんばる」ことは、回復とは真逆に走ることのように感じます。


自分の「感覚」を自覚できているかどうか

摂食障害の人って「自分のこころの声に気づく」ことが、とっても苦手なんですよね。
わたしも本当に苦手で、むしろ「自分のこころの声に気づけない」ことにすら気づいていませんでした。笑

本当はこころが大きな悲鳴を上げているにもかかわらず、そんなことには全く気づかずに相変わらずアクセル全開で「がんばって」しまっていると、やがては体だけでなく心まで疲れて壊れかけてしまいます。

自分の本当のこころの声に気づかずに、「もっとがんばらなくちゃ」「まだまだがんばりが足りない」なんて続けてきた結果が、「摂食障害」という状態でもあります。

つまり、「がんばる」ことが問題なのではなく、「自分のこころの声に気づけない」ことが大問題なのです。

「自分のこころの声に気づけない」と、どうしたって「がんばりすぎ」になってしまいます。
「自分のこころの声」を聞きながら無理せず「がんばる」ことができるのが、理想かもしれません☆

青山学院大学の原監督は、選手の気持ちをポジティブに動機づけることで、その絶妙なバランスをとった指導方法を実践されているのではないかな、と思います。


休み休み、いこう♪

「自分のこころの声に気づけない」うち、つまり少なくとも摂食障害のうちは、「がんばる」ことはお休みした方がいいかもしれないなって思います。

「そうはいったって、がんばらざるを得ないことだって、たくさんあるよ!」って声が聞こえてきそうですが…

でもそれって、「本当にがんばらないとどうにもならないことなのか?」ちょっと立ち止まって考えてみてくださいね。
実は、世の中って意外となんとかなっちゃうことの方が多かったりします♪
そしていろんなことが「意外となんとかなっちゃうんだなー」ってことを知るのは、とーっても大切です!
柔軟に考えることができるようになるための大切な気づきだと思うので、ぜひあれこれ実験してみてください(*^^*)



それでも、がんばらなくちゃどうにもならない!ということなら、とにかく休み休みいきましょう♪

ついつい「がんばりすぎ」になっちゃっても、気づいたときに「おっとっと〜」とブレーキをかければ、それでOK!

ときどき立ち止まって、深呼吸しながら、歩いていきましょう♪(*^^*)



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Article by はる

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