社会の中の私、という視点

はるっぺ
文:はるっぺ
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私が「したい」と思っていることや、私が「する」または「しない」と決定していることは、本当に”私”が望んだり選択したことなのでしょうか。

例えば、「大学に行きたい」と思っていたとして、特別に特定の学問を勉強したいというわけでなくても「大学ぐらい行かないと良い職業に就けない」という現状があったり、親から大学に行くことが当然だと言われていたり、友達がみんな大学への進学を希望している影響かもしれません。

また例えば、「外出するときはお化粧をする」と決めていたとして、その考えは、母親からずっと「女性はお化粧をするものだと」聞かされてきたとか、雑誌やテレビで化粧品のコマーシャルを目にする機会が多いとか、多くの女性がお化粧している影響かもしれません。

そう考えると、”私”が思っていることのうち、純粋に「自分の意志」と言えるものはほとんどないかもしれません。

普段はあまり意識している人はいないかもしれないけれど、社会や人からの影響によって、自分自身の考えを見失っていたり、周りに合わせ過ぎていると息苦しくなってしまいます。

”私”が社会や他の人からどんな影響を受けているのかを知ると、自分のことがより分かるようになる気がします。

みなさんは、自分の考えが「何かの影響を受けているなぁ」と思う事はありますか?



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  1. mysense

    私も、過去の決断や行動が、他人本位だったとに気づくことがあります。

    ○進学校の高校へも、親や先生が進めたから入学しました。
    ○勉強も、周囲が頑張っているからやらなければならないと思ってやっていましたが、今思えば一切頑張る動機が私にはありませんでした。
    ○絵の勉強も、役に立たないと諦めたけど、役に立たないと言ったのは父親でした。

    当たり前だと思っていた考え方や信念も、親の影響が色濃くありました。

    ○自分を犠牲して我慢することが美徳
    ○楽をしたり誰かに頼ることは恥ずかしい
    ○怒ること(感情的になること)は良くない
    ○物事には良し悪しがある

    つい最近も、就活で書類選考が通り面接を控えていましたが、だんだんもやもやとした気分になり、不安を自覚し、そんな気持ちから逃げたくて過食もしました。最終的に「働きたくない!何のために働くのだろう。」というありのままの気持ちに気づき、選考を辞退しました。辞退となったことは残念でしたが、今のままの気持ちで、引っ越してフルタイムの仕事に踏み出しても長くは続かないだろうと思って辞めました。

    自分の意見や考えをしっかり持つことは、私は本当に苦手。初心者です。
    こういうことに、もっと若いときに気づきたかったと思います。

    2017年11月8日 18:49


    • はるっぺ

      私も親から大きな影響を受けてきました。
      中学生の時に不登校になり、「行かなければ」という気持ちとは反対にどうしても学校に行けなくなりました。学校に行けない間とても苦しい気持ちで過ごしていました。
      当時は理由が全く分からなかったけど、いつでも親の顔色を伺って、その期待に応え続けなければならないという状況に、心が悲鳴を上げていたのだと気づきました。
      学校に行けないことで苦しんだ理由には、親に責められるということもありましたが、「(とにかく)学校に行くべき」という社会の風潮もありました。
      大人になると働いて自立することが求められてしまいますし、人の目も気になってしまうときもありますが、周りの価値観に流されずに自分の気持ちに正直であること、人と比べたり無理をしたりしないことはとても大事だなぁと思います。

      2017年11月10日 21:41